書評

【書評】君たちはどう生きるかを読んで感じること

こんにちは! ぬまです!

先日遅ればせながら「君たちはどう生きるのか」(マガジンハウス/吉野 源三郎/羽賀 翔一)を読みましたので私が感じたことをまとめてみました。

「君たちはどう生きるか」のあらすじ

物語は1937年の東京。主人公の中学生 純一くん(コペル)は日々生活する中で様々なことに考え、悩み、時に喜び、次第に世の中のこと生きるということを考え始めました。そんなコペル君を元出版社の編集長 叔父さんが導いていくというのがストーリーになります。

ストーリーの中には「ものの見方について」「真実の経験について」「本当の人間らしさとは」「貧困」と考えさせられる内容がコペル君の生活体験と共に書かれています。

話が進むにつれ成長していくコペル君と同じように、読んでいくうちに読者である私も考えさせられ一緒に成長しているような感じがしました。

真実の経験について

水の味は実際に飲んだ人しかわからない。物の色も目が見えない人には分からないし、赤色の概念も説明しようがない。

絵や彫刻や音楽などの芸術の面白さは味わってはじめて知ることであり、芸術に接したことのない人にいくら説明したって分からせることが出来ない。さらに、こういうものになると単に見たり聞いたりするだけでは足りず、心の目や心の耳を開かなければならない。

つまり、自分の経験というのは人から教えられるようなものではなく、自分自身が経験し自分の心の目、心の耳でどれだけ感じ取れるかが大切になってくる。

そして書物から偉人の思想を学ぶことも大切だが最後のカギは自分自身にある。

自分が体験から何を感じ何を学び何を思うかを自分自身で考えていくことが真実の経験となる。

本当の人間らしさとは

日々生活していく中で気づかないうちに見ず知らずの他人と繋がっている。自分たちが食べているもの、着ているものは他の誰かが作り、運び、誰かの手を経て自分の手元に届いて消費している。

この関係から抜け出せる者は一人もいないが、争いや生産者・消費者の距離からこのつながりは人間らしい繋がりにはなっていない。

人間らしい人間関係とは、お互いに好意をつくし、それを喜びとしている関係。これほど美しいものは他にはない。

また本当の人間らしさは、自分が取り返しのつかない過ちを犯してしまったという意識の苦痛。それを苦痛に感じるのは正しい道に従っていこうとしているから。この苦痛の中でも正しい道に従っていこうとする気持ちが人間の立派さである。

生産する人と消費する人

世間の大多数の人は貧困な人たちである。からだを壊したら一番困る人たちが、からだを壊しやすい境遇にいることも忘れてはいけない。

なんの妨げもなく勉強ができ、自分の才能を思うままに伸ばしてゆけるということが、どんなにありがたいことかを理解しなければならない

また世の中の人が生きてゆくために必要なものは、すべて人間の労働の産物である。たとえ貧困であっても自分が消費するものよりも多くのものを生産している人と、何も生産しないで、ただ消費ばかりしている人ではどちらが立派な人間かは明らかである。

生産する人と消費する人という、この区別を決して見落としてはならない

さいごに

今回は私が強く感じた部分をまとめました。読んでいて本当に自分の生き方を考えさせられる本だと思います。

私もコペル君のように素直で感受性の豊かな人間になりたいと思いました!

ぜひ読んでください!